
越境物トラブルの現場では、撤去がすぐ決まらない、分筆に時間がかかる、売買を止めたくない――そんな「間」を安全に渡るための橋が覚書です。本稿は親コンテンツ「隣接地からの越境物|トラブルを防ぐ完全ガイド」の補助資料として、実務で迷わない範囲に絞って解説します。想定読者は、売買・賃貸の現場担当者、オーナー、仲介事業者です。
覚書とは
当事者間の合意事項を簡潔に文書化したものです。契約書ほど重厚な条項体系を持たない一方、日時・当事者・対象・合意内容が明確なら、後日の紛争予防に有効です。登記や第三者対抗要件を直接は生みませんが、実務判断と交渉の土台になります。
メリット
- 争点の明確化
対象物(枝・塀・基礎など)、位置、範囲、実施時期、費用負担を可視化し、後戻りを減らします。
- 取引の継続性
撤去前でも、引渡条件・期限・代替策(剪定・補修)を定めれば、売買や融資説明を止めずに進めやすくなります。
- 再発対応のルール化
剪定周期、立会い、記録方法、再越境時の是正期限まで決めることで、感情的な対立を回避できます。
デメリット/限界
- 拘束力の範囲
登記に直結しないため、第三者(新所有者・相続人)への対抗力は限定的です。承継条項の工夫が必須です。
- 曖昧表現リスク
「必要に応じ」「適宜」などは解釈ブレの温床になります。数量・寸法・座標・写真添付で具体化しましょう。
- 空白時間の発生
期限や不履行時措置がない覚書は「約束止まり」になりがちです。違約時の是正手順・費用負担・連絡期限を必ず規定します。
作成時の必須項目
- 当事者と物件特定(住所・地番・関係者)
- 対象物の特定(位置図・写真・寸法)
- 実施内容と期限(撤去/剪定/補修/一時使用)
- 費用負担と支払方法(全額/按分/立替精算)
- 立会い・記録(日時、撮影、成果物の保管先)
- 再発時の対応(通知→是正期限→代執行可否と費用)
- 承継・有効期間(所有権移転・相続時の扱い)
- 紛争解決(協議→調停→管轄)
よくある失敗例
- 対象位置が特定できず、「どこまでやるのか」で紛糾する
- 写真・図面がなく、現場担当が変わるたびに認識が崩れる
- 承継条項がなく、売買後に「そんな約束は知らない」と破綻する
- 期限だけ決めて、不履行時の手順と費用を未設定のままにする
使い分けの目安
- 撤去が確定しているが時期が先:期限・代替策・違約条項を強めた覚書にする
- 撤去せず存置で合意:使用承諾・維持管理・責任境界を詳細化する
- 分筆と併用:確定測量の成果物を添付し、越境部分と残地の関係を明文化する
関連リンク(導線)
- 越境物撤去の費用と責任分担(費用按分・立替求償の条項例)
- 分筆の流れと費用完全ガイド(確定測量→分筆→引渡しまでの時系列)
- 隣接地からの越境物|トラブルを防ぐ完全ガイド(全体像に戻る)
まとめ
覚書は「いま決められる最小限」を確実に残す実務ツールです。登記に代わる万能鍵ではありませんが、対象の特定・期限・費用・再発条項・承継の五点を押さえれば、撤去・分筆・売買の橋渡しとして強力に機能します。次は「確定測量の基礎知識」で、覚書に添付すべき成果物と前提工程を確認しましょう。